前回は、信州大学農学部教授・松島憲一先生の遺伝子解析のご研究から、「堺
鷹の爪」が本来の鷹の爪だと言えるだろうということをご紹介した。
今回も引き続き松島先生から、「堺鷹の爪」のように伝統野菜が継承されるこ
との意義についてお話を伺った。
私の「堺鷹の爪」との出会いは、十数年前のトウガラシに関するフォーラム
で知り合った辻田社長から、実験のために種子を分けてもらったことに始ま
る。葉の形や果実の大きさ、なり方などが、九州農業試験場園芸部(当時)の熊
沢三郎氏らが論文に記述していた鷹の爪の特徴の通りで、まずその品の良い
香りに驚いた。辛いというだけでなく、その向こうにある甘みや酸味、香りと
いったものまでが大切に伝えられており、「奇跡だ」と思った。
私は、大阪の「なにわの伝統野菜」と同じような長野県の「信州の伝統野
菜」を認定する委員会の座長を務めているが、信州の伝統野菜の場合、その
多くは地域の郷土料理に欠かせない素材としてセットで存在することが多く、
生産者や集落の中で受け継がれてきた。一方、京野菜や加賀野菜は地域の郷
土料理のみならず飲食店で提供される京料理や加賀料理とセットで継がれて
きた。堺鷹の爪は一事業者が守り伝えてきたという点でこれらと異なり、他に
はないタイプの伝統野菜だと考えている。小さな果実が節成りに1つずつ着
果する「堺鷹の爪」のような旧来の鷹の爪は収穫に大変な手間がかかること
から、大きな果実が房成りに着果し収穫が楽な現在主流の品種へと切り替え
られてきた。そうしたなかで「これが一番美味しんや」という理由だけで、本
来の姿で「堺鷹の爪」が守られ続けてきたのは稀有なことだろう。
私は一般に伝統野菜が守り伝えられるのに3つの重要性があると考えて
いる。1点目は「文化財としての重要性」。長野で言えば、善光寺や松本城とい
った文化財はもちろん大切だが、毎日の食事の中で、その地域の人々が食べ
続けてきたということも、身近な文化財として重要で、後世に残すべきだと考
えている。
2点目は、我々研究者の観点から「遺伝資源としての重要性」。例えば、もし
日本の稲の全品種がコシヒカリかそれに遺伝的に極近い新品種だけだった
とすると、コシヒカリが弱い病気が発生した時には全国の稲が全滅してしま
うおそれがある。しかし、古くから残っている品種は、今の品種にはみられな
いような耐病性や耐虫性などの良い遺伝子を持っている可能性もある。そん
な古い品種を遺伝資源、すなわち、次の品種改良の材料として維持保存して
いくことも重要なのである。
そして3点目は「経済的な重要性」。伝統的な作物が持つ歴史や物語によっ
て、他の作物との区別化を図ることができ、中山間地域の脆弱な農業の経済
的な助けになると期待できる。
「堺鷹の爪」は、他の伝統野菜と少しタイプは異なるように思うが、辻田社長
に聞いたところでは、京都の千枚漬などの漬物に「堺鷹の爪」が使われているの
だという。確かに千枚漬の上に乗っているのが、「三鷹」などの大きなトウガラシ
だと興ざめで、あの愛らしい姿の「堺鷹の爪」こそがふさわしい。「堺鷹の爪」
もやはり、関西の食文化との深い関わりの中で、守り伝えられてきたことを知
った。 カンボジア東部で遺伝資源としてトウガラシを収集される松島先生<br>
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唐辛子に関する基礎知識から、日本をはじめ世界での楽しまれ方などが紹介された
松島憲一先生のご著書です。「鷹の爪」についてもご紹介いただいています。<br>
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【参考資料・引用文献】
◎松島憲一(2020)『とうがらしの世界』(講談社選書メチエ)
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